2009年06月26日

勉強

クラブユースの県大会決勝戦が行われ、3-1で勝利しました。7月から行われる九州大会への出場権を得ましたが、チームとしての形は良くなってきているものの、まだまだ個々の技術はトップのレベルから逆算して、今必要な技術力を考えるとまだ水準に達していないレベルにあると思います。もちろんセレクションで合格している選手達なので、それぞれが特徴は持っているものの、“足が速い”、“身体能力が高い”、“技術力がある”だけでは、もちろん現代のサッカーでは通用しません。

ただ、この試合終了後、ある選手が試合後に勝利したにもかかわらず悔し涙を流している選手がいました。彼なりに自己評価して満足いく出来ではなかったのでしょう。また、自分のプレーがうまくいかないから、どうすれば良いのかを聞きにくる選手、プロの試合で参考にできる試合のDVDを借りにくる選手もちらほら出てきました。ただ、それとは逆に、メンバー外の選手の中には、何も感じずに試合を眺めているだけの選手もいました。「どうすれば試合に出れるのか」、「何が足りないのか」を分析している選手は多くなかったように思えます。

そうやって、レベルに開きが出てくるのでしょうが…モチベーションや意識というのは人からあげてもらうものでは決してないと思います。グループに注意を促しても、自分のこととしてとらえていない選手や、指導者の前だけ大人しくする選手も数名見受けられます。何度こちらから言っても、自分が感じない限り、本人が気がつかない限り本当の意味での飛躍はできないとのですが…。難しいところです…。

“大会などはあくまでも通過点”。まだまだ、結果ばかりにとらわれて勝てば“結果オーライ”、“燃え尽き症候群”となってしまっている子供達がなかにはいるかもしれません。そして、今日本の育成に携わってみて痛感しているのは、あまりにも育成年代において大会が多いこと。そのため選手以上に指導者が“勝利”という名の結果を重視しすぎているようにも感じます。(ちなみにイギリスでは、15歳以下ではリーグ戦での試合は組まれていますが、結果は記録されません)公式戦だから頑張る。公式戦が近いから練習をより一層真剣に行うなど、イベントによってモチベーションが変わったり、一つ一つのプレーに区別をつけていたら、伸びる要素も伸びなくなってしまうのではないでしょうか。

またこの傾向は普段の生活の中でも同じように代表される例があると思います。学校生活の中で“テスト勉強”という言葉がありますが、テストというものは本来、今まで勉強してきたことが、どれだけ身に付いているのかを確認するための確認作業ではないのでしょうか?私自身もそうであったように、付け焼刃の一夜漬けであっては、その時のテスト結果は良くても、蓄積はされていないでしょう。毎日少しずつでも勉強をしていれば、テスト前にも普段通りの時間で多少複習すればOKであり、ましてやテスト勉強で練習を休みますと言う選手も少なくなるでしょう。

留学時代に、大学には案外すんなりと入学したものの、入学してから単位をす得するのが非常に困難で、大変苦労した思い出があります。というのも、課題の量が非常に多く、しかも、どのレポートも最低で3-4冊の本、ジャーナルを読み、参考文献付きで、A4用紙約15枚くらいにまとめて提出しなければなりませんでした。しかも、毎週、なにかしら提出期限が迫っており、第2カ国語というハンディもあり、1年生の頃は毎日図書館に朝の4時までいた思い出があります。テストの際も、2時間以内に2つの課題が与えられて、今まで読んできた参考資料の記憶を基に、論理的にレポートを書きあげなければならず、テスト前だけの突発的な勉強ではごまかせませんでした。中学の時はそこそこ、高校の時はほとんど勉強してなかったので、人生の中であそこまで机に向かったのはあれが初めてでした…(笑)ただ、そうやって勉強したことは自然と頭に残っているものなんですよね。

今回初めて、選手のテスト結果と成績表を回収し、愕然としてしまいました。ちょっと楽観的すぎる選手も何人かいます。日々の積み重ねが大事ですし、夏休みの練習前後を利用して、勉強会も行いたいと思います。

つまり、サッカーも勉強も、何事にも普段からの積み重ねが重要なのでしょう。まぁ、当たり前の事なのでしょうが、その当たり前の事を実行できる人間は少ないでしょうし、そういった人間が上り詰めていくのでしょうね。

口にするのは簡単なのですが、実行となると実は一番難しい…
posted by ryo at 16:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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